大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)315号 判決

判  決

大阪市東区高麗橋二丁目九番地

上告人

野村建設工業株式会社

右代表者代表取締役

鎌田楢次郎

右訴訟代理人弁護士

佐藤武夫

保津寛

柏井義夫

大阪市東区農人橋二丁目三〇番地

被上告人

浪速自動車工業株式会社

右代表者代表取締役

石川経之

大阪府布施市大字稲田四九八番地

被上告人

関西オリエント株式会社

右代表者代表取締役

関治

右両名訴訟代理人弁護士

田中依男

松谷春之助

右当事者間の建物収去土地明渡請求事件について、大阪高等裁判所が昭和三二年一二月二〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人弁護士佐藤武夫、同柏井義夫、同保津寛の上告理由第一点について。

所論の点に関し原判決が当事者間に争ない事実及びその挙示の証拠によつて認定した事実に基いて判示するところは次のとおりである。即ち、上告会社の使用人である阪本康は、昭和二六年九月二七日被上告人浪速自動車工業株式会社(以下浪速自動車と略称する。)事務室において同会社の代表取締役であつた厨子与三の娘厨子富美枝に対し、甲第二号証の一(本件係争延滞賃料の支払催告書)を交付したが、右厨子与三は浪速自動車を退社する考えで自己の本業である映画撮影関係の仕事を捜していたため、同年八月頃から浪速自動車に出社せず、右九月二七日当時も同様であつたこと、厨子富美枝は、阪本康が前記甲第二号証の一の催告書を持参した際たまたま浪速自動車に遊びに来ており、阪本康から差出された右催告書を通常の請求書と思い、浪速自動車の使用人でもなく、また厨子与三から命じられてもいないのに、阪本康の持参した送達簿に欠勤中の厨子与三の机上に在つた同人の印を勝手に押して受け取り、浪速自動車の社員に告げることもなく、右机の抽斗に入れておいたこと、次いで、同年一〇月五日上告会社から契約解除の書面が来り、初めて社員等において右催告書の来ていることを知了したものであること、これらの事実から見れば、右催告書はこれを受取る何らの権限のない厨子富美枝に交付されたものであつて、いまだ右会社がこれを了知することのできる状態におかれたものと言うことはできず、契約解除の意思表示がなされるまでこれを了知しなかつたことが明らかであるから、右被告は契約解除の前提としての効力がなかつたものであるというのである。

しかしながら、思うに、隔地者間の意思表示に準ずべき右催告は民法九七条により浪速自動車に到達することによつてその効力を生ずべき筋合のものであり、ここに到達とは右会社の代表取締役であつた厨子与三ないしは同人から受領の権限を付与されていた者によつて受領され或は了知されることを要するのではなく、それらの者にとつて了知可態の状態におかれたことを意味するものと解すべく、換言すれば意思表示の書面がそれらの者のいわゆる勢力範囲(支配圏)内におかれることを以て足るものと解すべきところ(昭和六年二月一四日、同九年一一月二六日、同一一年二月一四日、同一七年一一月二八日の各大審院判決参照)、前示原判決の確定した事実によれば、浪速自動車の事務室においてその代表取締役であつた厨子与三の娘である厨子富美枝に手交され且つ同人において阪本康の持参した送達簿に厨子与三の机の上に在つた同人の印を押して受取り、これを右机の抽斗に入れておいたというのであるから、この事態の推移にかんがみれば、厨子富美枝はたまたま右事務室に居合わせた者で、右催告書を受領する権限もなく、その内容も知らず且つ浪速自動車の社員らに何ら告げることがなかつたとしても、右催告書は厨子与三の勢力範囲に入つたもの、すなわち同人の了知可能の状態におかれたものと認めていささかも妨げなく、従つてこのような場合こそは民法九七条にいう到達があつたものと解するを相当とする。

然らば、右催告はこれを有効と解すべきところ、原判決はこれを無効と断じたのであるから、原判決は右催告の効力に関し民法九七条の解釈適用を誤つたものというの外なく、しかも右催告の有効であるか無効であるかは本事案全体の勝敗を決する要点であるから、本上告理由あるに帰し、原判決は爾余の論点を審究するまでもなく、全部破棄を免れないものと言わざるを得ない。

よつて、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷

裁判長裁判官 下飯坂潤夫

裁判官 斎 藤 悠 輔

裁判官 入 江 俊 郎

裁判官 高 木 常 七

〔上告趣意〕

昭和三三年(オ)第三一五号

上告人野村建設工業株式会社

被上告人浪速自動車工業株式会社外一名

上告代理人佐藤武夫、同柏井義夫、同保津寛の上告理由

第一点 原判決は催告書の到達につき法律の解釈を誤つた違法があり、その判決に影響を及ぼすこと亦明白である。

原判決には「被控訴会社の使用人である阪本康が同年(昭和二十六年)九月二七日控訴人浪速自動車の事務室においてたまたま同所に来ていた当時の右会社の代表取締役厨子与三の娘厨子富美枝に対し被控訴会社主張の賃料の催告書(甲第二号証の一)を交付したこと」を認定しながら一方「右厨子与三は控訴人浪速自動車を退社するつもりで自己の本業である映画撮影関係の仕事を探しておつたため昭和二六年八月頃から控訴人浪速自動車に出社せず、同年九月二七日当時も同様であつたこと、厨子富美枝は右控訴会社の使用人でもなく、又右厨子与三から命ぜられないのに、阪本康が前記催告書を持参した際たまたま右控訴会社に遊びに来ており阪本康から差出された右催告書を通常の請求書と思い、阪本康の持参した送達簿に欠勤中の厨子与三の机にあつた同人の印を勝手に押して受取り、右控訴会社の社員に告げることなく右机の抽斗に入れておいたこと、同年一〇月五日被控訴会社から前記契約解除の書面が来て初めて右控訴会社経理係太田佐一郎等において右催告書の来ていることを知つた」ことを認定し、右催告書は未だ右控訴会社がこれを了知することができる状態におかれたものということは出来ず、契約解除の意思表示がなされるまで右控訴会社がこれを了知しなかつたことは明かであるから右催告は契約解除の前提としての効力がないものであると判断する。

右判示は一方においては本件催告書が未だ了知する状態でないと云い、他方了知していないと云い、催告書の到達について所謂了知主義の立場にたつか或いは到達主義の立場に立つか字句曖昧であるが、凡そ催告は債権者が債務者に対する債務の履行の請求であつてその性質は意思通知と解すべく厳格なる意味においては意思表示そのものでないにしても民法第九十七条の準用があると解すべくその相手方に到達したとき効力を発するのである。茲に「到達」とは意思表示(通知)の受領者がその意思表示(通知)を受領し得る状態におかれることであり、相手方においてその意思表示を認識したるや否や、その了知したるや否やはこれを問はず、その効力を発生せしめるのである。我法制は所謂了知主義に非ずして到達主義を採用しているのである。相手方をして意思表示の内容を了知せしむべく表意者の側として常識上為すべきことを為し了りたるときを以て意思表示は相手方に到達したるものとし其以後の推移と運命は一に之を相手方の危険に移すものこれが所謂到達主義の要締であると云はねばならない(後記大審院昭和一一年二月一四日言渡判決)、翻つて本件についてみるに、原判決認定事実によるも前述の通り

(1)上告会社の使用人阪本康が昭和二六年九月二七日催告書を被上告人浪速自動車工業株式会社の事務室に持参したのであり、

(2)被上告人浪速自動車工業株式会社の代表取締役厨子与三の娘富美枝が異議なく催告書を受領したのであり、

(3)富美枝は右書面を通常の請求書と判断し阪本康の持参した送達簿に厨子与三の印を押捺したのであり、

(4)又富美枝は催告書を通常の請求書と思い厨子与三の机の抽斗に入れておいたのである。

上告会社としては催告書の送達についても表意者として常識上なすべきことをすべてなし終つているのである。相手方会社の事務室に臨み催告書をその係員乃至これに準ずる代表取締役の娘に交付し送達簿に捺印を受けたのである。代表取締役が内心辞任の意思であつたか否かは上告会社の関知する処ではない。娘が父たる代表取締役より本件催告書なる書類そのものの受領を現実に指図されたか否かは問ふ処ではない。原判決認定事実自体即ち富美枝は通常の請求書だと思つたのである。通常の請求書だと受領する権限があつたのであらうか、通常の請求書だと到達したことになるのであらうか、恐らくかく解するのであらう、逆に催告書は普通の請求書と如何なる差異があるのであらうか、原審の証言の中にも富美枝は再三会社に出ていたことが明かであり(厨子与三の第一審における証言「私の娘は私の使ひとして時々会社の方に遊びに来ておりましたが毎日来ておりせまんでした」太田佐一郎の第一審における証言「厨子社長の娘が遊びに来ていた時に郵便等受取つていましたが従業員ではありません故椅子はありませんでしたから厨子社長の椅子に座つていましたそして受取つた郵便物等は厨子社長の抽斗に入れていました解約通知の来た当時厨子社長が一年位休んでいましたので変りの者が時々厨子社長の抽斗を見ていましたが請求書の様ないやなものは見ないようにしていましたので原告会社よりの解約通知を知りませんでした」御参照)事実上父の指図の下に事務を執つていたのでありさすればこそ通常の請求書かどうかの判定もついたのであるさすればこそ被上告会社の他の従業員も富美枝の処置を肯認していたのである。兎もあれ場所は相手方の事務室である。会社の事業の拠点である。ここで通常の請求書か否か判断できる程の、従つて暗黙の内に事務の補佐が認められていたと解せられる而も代表取締役の娘が会社宛の書類を異議なく受領して尚且会社が書類を了知し得ない状態と云い得るのであらうか而も代表取締役たる厨子与三の机にあつた受領の印が押捺されたのである。代表取締役の娘は代表取締役の印を盗捺したと云うのであらうか、原判決は上告会社にこれ以上何を求めるのであらうか、代表取締役に直接手渡す場合以外その都度代表取締役の印鑑証明書印の委任状を徴求せよとでも云うのであらうか、更に該催告書は代表締役の机の中に通常の請求書と誤解(?)されて入れられたのである。郵便受に入れられてさえ到達である。会社の代表取締役の事務所内の机の中に保管されても未だ了知し得べき状態と解されないだらうか、少くとも通常の請求書と判断され、通常の請求書も同様代表取締役の机の抽斗に保管されたのであらう、かく処理された通常の請求書もいずれも到達したと解されないのであらうか、加之通常の請求書と共に代表取締役の机の抽斗に保管されたのは一瞬時ではない、数分間でもない、数時間でもない、数日に及んでいるのである。これでも尚且浪速自動車の支配域内に到達していないのであらうか、吾人の常識的な判断は自ら明かである。一般取引上の通念によるも結論は明白である。而して我法令が到達主義を採用した趣旨によるも本催告書は既に到達したと解すべきは余りにも明白であらう。

因みに過去の判例を通覧するに、

大審院明治四五年(オ)第六六号同年三月十三日言渡判決に曰く

「債権譲渡の通知は譲渡人より債権の譲渡ありたることを債務者に知らしむることを目的とする意思の表示にして民法第九十七条の規定に従い其意思表示が表意者たる譲渡人より相手方たる債務者に到達するに因りて其効力を生じ相手方たる債務者が其意思表示を認識したるや否やは意思表示の効力に何等の影響を及ぼすことなし是れ意思表示の効力に付き到達主義即ち受信主義との間に存する差別の要点にして我民法が受信主義を採用し前掲第九十七条に於て之を規定したるより生ずる当然の結果なりとす故に此点に関する上告論旨は其理由なく又債権譲渡の通知は訴訟行為にあらざるを以て民事訴訟法の送達手続に従うべきものにあらざるは洵に所論の如しと雖も本件の如く書面を以て通知を為す場合に於いては其書面が一般取引上の観念に従い相手方の為めに其書面を受領するの機関となるべき者の手裡に帰したるときは其通知は相手方に到達したるものにして其発送の方法如何は之を問うの必要なし而して本件の通知書は上告人の同居の親族服部起六に交付せられたることは原院が事実として確定したる所にして同居の親族が其戸主又は他の親族の為め戸内に於て書面其他の通信物を受領することは取引上一般に認めらるる所の慣習なるを以て原院が本件の通知書を以て上告人に到達したるものと判断したるは適法にして此点に関する上告論旨も亦其理由なし」と。

又大審院昭和十年(オ)第二〇一七号同十一年二月十一年二月十四日言渡判決に曰く

「相手方をして意思表示の内容を了知せむべく表意者の側として常識上為すべきことを為し了りたるときを以て意思表示は相手方に到達したるものとし其以後の推移と運命は一に之を相手方の危険に移すもの之を所謂到達主義の要締と為す原審の確定したる所に依れば上告人は昭和五年一月十三日渋谷町大和田五十九番地被通知人(被上告人)山中家斎宛にて内容証明郵便物を以て昭和四年四月一日以降同年十二月末日迄の延滞賃料を書面到達の日より五日間内に支払うべく若し支払なきときは本件賃貸借を右期間満了と同時に解除すべき旨の催告並条件附解除の意思表示を為し右郵便物は前記被上告人に配達の為同人の内縁の妻にして之と同棲せる被上告人大友マキに対し其受領を求めたるも同被上告人は本人不在にして何時帰宅するや判明せずとの故を以て其受領を拒みたりと謂うに在り然るに本人不在にして何時帰宅するや判明せずと云うにも非ず又固より失踪して所在を弁せずと云うにもあらず原審確定の事実に依れば当時被上告人山中家斎は刑事訴追を受け居り其無罪を証明すべき書類捜査に専念したる為め不在勝にして往々外泊したることありと云うに過ぎず現に被上告人山中は原審に於ける本人訊問の際「当時自分は大和田五十九番地の家より」、二丁離れたる田中と云う人の家に居り夜だけ自分の家に帰り時には田中の家に泊りたることもある旨」供述するところあり此供述は実に原審の措信するところなり然らば即ち斯る事情の下に於て宛名人の内緑の妻にして之と同棲するものに対し当該郵便物の受領を求めたる以上表意者として為すべきことは已に為し了りたるものにして受領拒絶の危険は茲に宛名人に帰すと認むべきは日常生活の実際に微し縷説を俟つべからず被上告人友マキが郵便配達人より右郵便物の受領を求められたる当時前記の意思表示は到達に因り其効力を生じたるや論無し」と。

更に大審院昭和十七年(オ)第八四六号同年一一月二八日言渡判決に曰く

「夫と同居する内縁の妻が夫の住所に配達せられたる夫宛の郵便物を受領するときは其の郵便物に記載せられたる意思表示は一般取引の通念に照らし夫に於て了知し得べき通常の状態に置かれたるもの即ち夫に到達したるものとして其の効力を生じ縦令内縁の妻が該郵便物を其の受領後に於て夫不在の故を以て差出人に返還したりするも之が為前示意思表示の効力の発生を妨ぐるものに非ざることは洵に原審の判示せる如くにして右は郵便物の返還が其の受領後直に為されたると其の後相当の期間を置きて為されたるとに因り差異あるものに非ず左れば原審が訴外大島浪吉の内縁の妻たる上告人に於て浪吉宛の郵便物を差出人に返還したるは其の受領の直後なりしや否の点に関し特に判示するところなかりしとするも之を以て原判決に判断遺脱其の他所論の如き違法あるものと云うを得ず」と。

右大審院諸判例に徴するも本件催告の到達と解すべきこと余りにも明かである。

原判決は所詮法律の解釈を誤まり又大審院判例と相反する判断をなしたることに帰し破毀さるべきものと確信する。

第二点―第六点(省略)

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